幼児教育と脳の発達~慈性幸佑

感受性が強く頭の柔らかい幼児期教育の参考となる、脳の発達に関する調査研究結果を紹介していきます。

脳の記憶・学習・発達(慈性幸佑)

幼児期は脳の発達が著しい時期と言われています。

脳の基本構造は遺伝情報によって決まっていますが、その発達は、環境からの外部情報によって神経細胞のネットワークがいかに増えるかに依ります。

脳は基本的に情報処理システムで、視覚の研究によると、眼球で見た情報は網膜でキャッチされ、後頭部にある視覚野に送られて認識します。

最初、1個の細胞が受け取る範囲は狭く、そこに光があるかないかだけを感じます。

次に控えている細胞はいくつかの細胞の情報を集め、中心部と周辺を比較し違ったときだけ反応するように情報のコントラストをつけます。

視覚野には、もっと広い範囲の情報を集める神経細胞があります。

脳で情報を抽出して特徴をつかまえ、物体の斜めの線とか丸とか四角とかを抽出しています。

頭の中で情報を統合し、ものを認識しているのです。

私たちの脳は神経細胞が1000億個も詰まっています。

神経細胞の特徴はネットワークを作ること。

神経細胞のつなぎ目の「シナプス」で神経伝達物質という化学物質を終末から放出し情報を伝えます。

中枢では伝達物質にグルタミン酸を使っています。

神経が興奮するとグルタミン酸が出て、隣の神経細胞の受容体がこれをキャッチし、再び電気信号に変わいます。

脳にある受容体の1つにNMDA(NメチルDアスパラギン酸)という化合物に反応するグルタミン酸受容体があります。

マウスのNMDA型の受容体は2タイプの分子で形成され、1つのタイプは脳すべての場所にあります。

もう1つは4種類あり、そのうちイプシロン2は脳の前の方にしかできず、イプシロン3は小脳だけが持っています。

大脳皮質や物覚えに大切な海馬ではイプシロン1、2が発現しています。

その遺伝子をなくしたマウスの学習能力をテストしてみました。

イギリスのモリスが考案したプールを利用した水迷路学習を、1日に4回、1週間程度やらせると正常マウスは最初40秒ぐらいかかっていたのが最後は10秒で行けるように覚えまする。

イプシロンをなくすと、明らかに物覚えが悪くなります。

物覚えの基礎は、1973年に生理学者が見つけた海馬のシナプスの伝達効率が変化する現象です。

神経線維を電気で刺激するとグルタミン酸が出て隣の情報を受け取る神経細胞が興奮します。

1秒間に1回程度の刺激だったのを1秒間に100回という強い刺激を与えると、その後は同じ刺激で応答が大きくなります。

1の情報を受け取って1の情報を伝えていたのが、1受け取って2伝えるように変わります。

シナプスの長期増強といい、変化は長く続きます。

イプシロン1をなくして物覚えを悪くしたマウスは伝達効率の上がり方が正常マウスに比べて悪くなります。

マウスのNMDA型受容体にはマグネシウムイオンが詰まっていて、通常のグルタミン酸が来ても働かきません。

より強い刺激を与えると多量のグルタミン酸が出て、そのブロックが解除されるが、受容体の部品の1つをなくすと、強い刺激でも変化しないのです。

脳にはこうしたシナプスが何百兆とあり、ものを覚えるときネットワークのパターンを変えます。

経験・学習によって伝達効率を変え情報処理のパターンを変え、脳の中に情報を蓄えるといえるでしょう。

長期増強は弱い刺激では起こりません。

1つの神経細胞には多くの入力が入っており1個1個の刺激は非常に弱く、複数の刺激が重なって大きな変化が出ます。

経験したときに活動しているネットワークだけが活性化されます。

また1つの入力だけでは変化を起こさせない弱い入力が強い入力と同じタイミングで入ってきたら変化が起き、情報の連合が起きます。

違った入力の経路が長期増強のシステムで連合するわけで、連想とか連合は記憶に非常に大切です。

記憶、学習を支えるのはシナプスの柔らかさ(可塑(かそ)性)で、可塑性を可能にしているのは遺伝子でコードされる分子、たんぱくです。

頭の柔らかさは分子が支えるという仮説を私たちの実験データは支持しています。

もうひとつのイプシロン2をなくしたネズミはミルクが飲めず、育たちません。

哺乳(ほにゅう)反射ができなくなるからで、脳の神経が整理されておらず、受容体の部品を壊すと神経の回路がうまくできないことがわかりました。

また、別の部品を壊したマウスは運動がおかしくなり、棒の上を渡らせると、よたよたして何度も落ちます。

運動学習に関係する小脳もやはりシナプスの伝達効率が刺激によって変化し、小脳のシナプスの可塑性がなくなると、運動が悪くなります。

同時に、このマウスでは、小脳の回路もおかしくなっています。

神経細胞は生まれた後増えることがなく、脳の発達は、神経細胞のネットワークが増えることによります。

脳の基本構造は有限の遺伝情報に規定されていますが、中身は環境からの外部情報にも依存して複雑巧妙な脳に作り上げています。

発達期のネットワーク形成にも、記憶学習にも、同様な分子が働き、刺激に応じてシナプスを変化させるようです。

限られた遺伝情報から無限の外部情報に対応するような適応戦略を生命が進化の過程で獲得してきた延長線上に、私たちの脳の働きがあるのでしょうか。

参考:https://kamittochuuch.com/study/

 

慈性幸佑(じしょう・こうすけ